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お知らせ

11月17日、午後8時、ポールのおかあさんが亡くなりました。


昨年7月頃肺がんが見つかりましたが、自覚症状はほとんどなく今年の9月まで過ごしてきました。
9月の末頃に歩き方がおかしくなったので、医者に行ったところ、脳にガンが転移していました。
それでも、簡単な手術で回復も早かったので、退院も間近でした。
ところが、あれよあれよという間に、熱が出始めて退院ができなくなり、そのまま心臓と呼吸器が弱くなっていき、、、そして亡くなりました。
最後まで頭はしっかりしていたし、食べる事もできていました。
体重もあまり落としていなかったし、髪もふさふさ、顔のしわもほとんどありませんでした。


亡くなったことは本当に残念ですが、苦しい闘病生活が比較的短かったのは、ある意味で良かったのかと思っています。


なによりも、献身的な娘たち(義理の姉たち)の看護で、しかもシドニーでも最高級の病院の個室で、最後を過ごせたのは本当に幸せと言えるのではないでしょうか。



21日に、ささやかなお葬式があり、ポールが出席してきました。
お姉さんたちから、この前家族で会いに来てくれたから、来なくていいと言われたので、ポールだけの参加でした。
4番目のお姉さんも香港でしたから出席しませんでした。
道教のお葬式ということで、親族は真っ白な衣装。色々と珍しい儀式があったらしいです。
詠美が最後に書いた中国語のお見舞いのお手紙も棺桶に入れてもらいました。
遺灰は一部はシドニー、一部は香港のお寺に預けるということです。


子供たちは危篤の方をお見舞いするのは初めてのことでした。
最初から最後まで、悲しくてかわいそうで、よく泣いていました。
特に、肺が悪かったので、呼吸が苦しそうで、見ているのもつらく、恵文は近寄るのも躊躇していました。


でも、それも人の生の一部なので大事なことですから、最後に会えて、本当に良かったと思います。


全く、義母の願い通りの嫁とは違う私でしたが、最後まで名前を呼んでくれて、(最後に文句でも言われるのかとハラハラしていたが)ありがたいことに家族の一員として受け入れてくれていました。



これから、ポール方の親戚はお姉さんたちだけになってしまいます。
おかあさんの遺言は「弟姉妹、よく連絡を取り合うように」っていうのがありました。
お姉さんたちと、これからも頻繁に行き来ができるように、努力しようと思いました。

☆☆☆

死を間近に感じることができると、不思議な事に、「生きる」力がわくのはなぜでしょうね。
どうせ死ぬのだから、「生きよう」と思える、のかな。